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広島高等裁判所岡山支部 昭和47年(う)177号 判決 1973年9月06日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における末決勾留日数中三〇〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人波多野二三彦の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書同補充書、同第二補充書、同第三補充書各記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これらに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意中、事実誤認、法令適用の誤りを主張する点について。

所論は、原判示第二において原審は現住建造物放火罪の成立を認めたが、右は火勢の状況につき、紙たいまつの火が約二〇センチメートルも炎をあげて燃えるようなことはなかったのに、そのような状況にあったと事実を誤認しており、また被告人には既発の火力による焼燬の結果の発生を認容する心理状態がなかったのにかかわらず、右認容があったと誤認して、重過失失火罪に問擬すべきところを放火罪に該るとした法令適用の誤りがあるのみか、さらに、非現住建造物であるのにかかわらず現住建造物であると誤認し、ひいては法令の適用を誤った違法があり、これらの違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というにある。

よって記録を精査し、かつ当審における事実調の結果を参酌して、所論につき逐次検討を加えると、被告人が原判示第二の如く紙を丸めてこれに点火し、照明に用いていた際、これを机上におき、床の上に落ちた硬貨を拾い集めていたところ、右紙たいまつが机上でなおも燃え続けていたのであるが、その折の火勢の状況と、その際の心理状態につき、被告人は捜査官に対し「切符売場の机の上に紙屑か書類のようなものが一ぱいちらばっていた、最初マッチをすって物色し、引き出しをあけてみると、中に現金(紙幣と硬貨)があったので、それをポケットに入れているとき、硬貨が床に落ち音がした。びっくりしたが、すぐ机の上あたりにあった紙切れを一、二枚つかみ、ぐるぐるっと丸めて長く(二〇センチぐらい)した紙切れの先にマッチで点火し床を見て落ちていた硬貨を拾い集めた、そのとき、手に持っていた紙燭をいつの間にか投げており、その火が机の上のあたりで燃え上っていた。私は、金を落した音がしてから恐ろしくなっており、一刻も早く出ようと考え、消火していると音もするので人にみつかってもまずいと思い、とにかく早く逃げ出す気持ちになり、消火せずに外に出た、……その折切符売場の中では、机の上のあたりが高さ二、三〇センチメートルぐらい燃え上っていた」(二五二丁表ないし二五五丁裏)と供述したのち、ほぼ同旨の供述を繰り返し(二八五丁裏ないし二八九丁)(三〇六丁ないし三〇八丁)(三一三丁ないし三一八丁)ているのであって、これらの供述内容は十分真実性に富み、合理的なものであると認められる。所論は、便箋大の紙片一、二枚を丸めて燃やしても、二〇センチメートルぐらいの高さに炎を上げて燃えることはなく、被告人がそのように述べたのは取調官の誘導によるものであると主張するけれども、当時切符売場内の机の上には、紙屑か書類のようなものが一ぱい乱雑に置かれていたことは前摘示の被告人の供述にあるとおりであり、さらに、≪証拠省略≫によると、机の引き出しを物色した際、引き出しの中にあった紙類も取り出して机上に置いたという(三六三丁以下、三六八丁裏以下)のであって、これらの書類・紙片上に被告人が点火していた紙片を放置したというのであるから、他に延焼し二〇センチメートル程度の炎を上げて燃えることは当然ありうべき事象といいえ、所論のようにありうべからざることとは到底認められない。現に被告人はこの点につき「警察の調べの時、それくらい(二〇センチメートルくらいの意)あがるのではないかと聞かれましたので。それに私も手に持ってあたりを照らした時にはそれくらいの炎の状態に……と思いまして」と述べ(四三六丁裏)、自から経験したところにもとづき供述したことを認めており、取調官の誘導による虚偽の供述であるとは到底いいえず、被告人の取調官に対する供述の任意性を疑うべきふしは全くない。

もっとも、被告人は、原審公判廷で、「机上においた紙たいまつの火が消えかかる状態であった」といい(二〇丁裏、三六四丁、三六七丁裏)、あるいは「右手に持っていた紙たいまつを手から離した時、どの程度燃えていたかわからない」ともいって、(三六九丁裏)前摘示の供述よりはあいまいな供述をしているのであるが、しかし、点火した紙たいまつを机上に置いたのち、その明りを頼りに床に落ちた硬貨をほぼ拾い尽くしたことは被告人の述べているところである(三五九丁裏、三六四丁)から、その間に前記のように散らばっていた他の紙類に延焼するであろうことは当然予想しうる現象であることよりみても、≪証拠省略≫はたやすく信用できないものである。従って、紙たいまつの火が二〇センチメートルぐらいの炎を上げていた、との点につき原判決の認定に所論の事実誤認はない。そして、逃走する際の心理状態について被告人が述べているところは既に摘示したとおり、硬貨を落した物音に気づかれるのではないか、また、消火しようとすればその物音で発見されるのではないか、という自己の犯行の発覚をおそれるあまり、あえて既発の火勢を消し止めることなくその場を立ち去ったものであるところ、当時机上には延焼しやすい紙類が乱雑に放置されていたこと前記のとおりであるから、当然これらに燃え移り、よって原判示建物を焼燬するかもしれないことは被告人が逃走前において十分認識しえた事態であり、≪証拠省略≫によれば、被告人にはその認識があったと認められるのである。そうだとすれば、自己の犯行の発覚をおそれる余りあえて消火することなくその場を立ち去った被告人の心意は、既発の火力による延焼の結果発生を容認したものであると解するに妨げなく、被告人がその消火義務に違背した不作為にもとずく焼燬につき放火罪の刑責を負うべきものであること言うまでもない。これと同旨の原判決の判断は相当であって、所論の事実誤認、法令適用の誤りはない。

さらに、原判示第二の建物が現住建造物であることは、≪証拠省略≫によって明らかに認めることができ、当審における事実調の結果によっても同ようである。この点に関する原判決の理由中の説示は、そのまま正当として当裁判所も肯認できるところであるから、原判決には所論の非現住建造物を現住建造物と誤認した違法ないし法令適用の誤りはない。

論旨はすべて理由がない。

控訴趣意中、量刑不当を主張する点について。

所論は、原判決の量刑不当を主張するものである。

よって按ずるに、原判示各罪状に加え、原判示累犯となる前科のほか多くの前科歴があること、昭和四六年五月二八日前刑を満期出所し、更生保護施設に在所中、僅々数日のうちに本件犯行に及んだものであること、その他記録によって明らかに認められる各般の情状に照らすと、所論指摘の被告人の改悛の程度等有利な諸点を十分考慮しても、原判決の量刑はまことにやむをえないものであって、重きに失し不当であるとは認められない。論旨も理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審未決勾留日数中三〇〇日を本刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 谷口貞 大野孝英)

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